大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和33年(オ)446号 判決

上告人 川村栄

被上告人 森田村農業委員会

補助参加人 青森県知事

主文

原判決を破棄する。

本件を仙台高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人葛西千代治の上告理由について。

原判決の認定したところによれば、被上告委員会は、昭和二二年一二月八日頃上告人所有の本件土地を買収計画に組み入れるべきものであるとし、計画の原案を作成した上、同月一〇日これを公告し、次いで同月一九日右原案どおり買収計画を樹立すべきことを決議したというのである。そして、右公告は同月一一日から同月二〇日までなされてその間縦覧に供されていたこと、および上告人は本件買収計画の樹立を知り、所定の期間内である同月二七日に被上告委員会に異議を申し立て、却下の決定に対し更に同二三年一月二七日青森県農地委員会に対し訴願を提起し、同委員会は同年六月三〇日訴願の申立は相立たない旨の裁決をし、これを不服として本訴の提起がなされたものであることは、被上告人の自認するところであるかまたは当事者間に争のない事実であることは、記録上明らかである。

以上の事実関係の下においては、昭和二二年一二月一〇日になされた本件公告は、同月一九日に決定のあつた本件の買収計画の公告としては、右決定後改めて公告のなされなかつたこと、縦覧期間の日数の足りないこと等の点において、不完全かつ瑕疵ある違法のものたることを免れないが、その一事をもつて右買収計画に関する自作農創設特別措置法六条五項の公告が不存在であつたとなすべきものではなく、従つてまた、本件買収計画が行政処分として有効に存在しなかつたというべきものでもない。しかも上告人は、前記のごとく本件買収計画については、その樹立を知り所定の期間内に異議を申し立て、更に訴願を経て本訴を提起しているのであるから、上告人としては、既に不服申立の手段をつくし得たものであり、権利救済の面において特段の不利益を蒙つた点はない。それ故、右違法は、上告人に関する限りは、既に治ゆされたものというべく、本訴において右違法を争うことは、もはや許されないと解するを相当とする。

然るに、原審は、「本件買収計画についてはその決定後において何等これを公告しなかつたことを認め得る」と判示し、これを前提として昭和二二年一二月一〇日付の公告は自作農創設特別措置法六条五項の公告とは認め難いものであるとした上、「本件買収計画について公告のなされていないことは前記のとおりであるから、本件買収計画はいまだ行政処分として有効に存在していないものというべく、したがつて、これが取消を求める被控訴人(上告人)の本件請求はその目的を欠き………失当として棄却すべきものとす。」と判示しているのであるが、右判示は、前記当裁判所の判断に反する点において判決に影響を及ぼすことの明らかな違法あるを免れず、論旨は結局理由あるに帰し、原判決は全部破棄を免れない。そして本訴においては、本件買収計画における買収の対象たる土地の特定性の有無、宅地を農地と誤認したか否か、上告人の保有面積を侵害しているか否か等が争われており、これらの点について原審は何らの判断を与えていない。それ故、本件は、更に審理を尽すため、原裁判所に差し戻すべきものである。

よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、民訴四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 入江俊郎 斎藤悠輔 下飯坂潤夫 高木常七)

上告代理人葛西千代治の上告理由

一、原審はその理由に於て

控訴委員会は昭和二二年一二月四日頃西津軽地方事務所長から、農地買収並びに売渡手続促進のため、当然買収せらるべき農地については遅くとも同月十日を縦覧公示の日程として買収手続などを施行すべき旨の通達をうけたこと、控訴委員会は同月初め頃本件農地につき買収計画に組み入れるべきものであるとし同月八日頃本件農地につき買収計画の原案を作成し、同月十九日委員会を開催し、右原案どおり本件買収計画を決議したものであるところ、前記通達の趣旨に則り右決議前である同月一〇日森田村役場の掲示場に右原案を公告をしたが本件買収計画自体については、その決定後において何等これを公告しなかつたことを認め得る。しかし右に認定した買収計画の原案なるものは自創法第六条による買収計画自体ではなく、控訴委員会が本件農地につき買収計画を樹立するための便宜上作成した草案にすぎないこと明らかであるから右原案の成立を公告しても同条第五項にいう買収計画の公告とは認め難く、控訴委員会において右原案を公告するに至つた経緯が前記認定のように西津軽地方事務所長の通達において指示あつた縦覧公告の日程に適合たるすめにあつたにしても(右通達である乙第八号証には原案を公告、縦覧してもよい旨の記載がない)、またその後右原案どおり本件買収計画が決定せられたにしても、前記公告を以て本件買収計画の公告としての効力を有するものは到底なし難い。したがつて、控訴委員会の右主張は採用できない。

しかして、村農地委員会に於て自創法に基き農地の買収計画樹立の決議をしても、同法第六条第五項による公告により、これを外部に表示しないうちは、単に行政庁の内部的な意思決定たるに止まり、いまだ行政処分としての効力を生じないものと解すべきところ、控訴委員会の樹立した本件買収計画について、公告のなされていないことは前記の通りであるから、本件買収計画はいまだ行政処分として有効に存在していないものというべく、したがつて、これが取消を求める被控訴人の本訴請求はその目的を欠き、その余の点につき判断をなすまでもなく失当として棄却すべきものとす。右と異る原判決は取消を免れない」

と判示しているのである。

原審認定のように本件買収に於ける公告は「本件買収計画の公告としての効力を有するものとは到底なし難い」ことは原審判示の通りであつて此点には異存がありませんが、而し乍ら原判決理由冒頭に

「森田村農地委員会が昭和二二年十二月十九日本件農地につき、これを自創法第三条第一項第三号に該当する農地であるとして昭和二十三年二月二日を買収の時期とする買収計画を定めたことは当事者間に争がない」

と摘示してあるように被上告人並に原審参加人青森県知事が有効な行政処分であると主張しておるところで、第一審でも之が型式的存在を認めて取消の判決をしているのである。

惟うに実質的には無効な行政処分であつても形式的に存在する以上は「私人は自己の判断を以て任意にこれを無効として取扱うことを得ず、権限ある裁判所の認定を俟つて始めて無効として通用する力を生ずるとされる」と解すべきであり

二、又「一般に行政処分が無効である場合に於ても少くとも、それが外形上行政処分として存在する以上、その無効宣言を求める趣旨に於いて処分庁を相手とり右処分の取消を求めることは許される」(昭和二四年(行)第二七号第三〇号名古屋地方裁判所行裁集六号九二五頁)次第である。

三、殊に本件と類似の事案(買収計画樹立前の原案を議決前から公告した)に対して最高裁は「判示公告は判示買収計画樹立の後法定期間引き続きなされたものと認めて妨げないものと解するを正当とし、右公告が所論のような予想公告だという一事を以て無効とすることはできない」(昭和三二年(オ)第一四一号昭和三三年二月二七日第一小法廷言渡)と判示しており本件も提訴することなく其儘時日を経過せんか同一運命に蓬著する危険を包含する事案である。

四、前敍の次第であるので本件に於いても上告人の請求を棄却すべきでなく買収計画を取消した第一審判決を維持するを相当と解する。即ち

此趣旨に於て原判決は違法破棄を免れないものであり、尚又訴訟費用についても、その負担は一応敗訴者に負担させることを建前とすることは申す迄もない所であるが本件の場合は相当法的教養ある者でも危惧不安の念に襲われ自己の立場の安因を期する一念から提訴に及ぶべきことは洵に人情の已むを得ざるところである。斯ゝる場合は其原因を作つた被上告人に負担せしめるを相当と解するところであります。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例